彼女の話

床に散らばる書類を見て、彼女はすべてを燃やすことを決めた。

彼女は極端だった。掃除を始めるとなんでもかんでも捨て始めてしまい、必要なものすら気が付いたら捨ててしまっていた。そんな彼女は読んだ紙類を床に投げ捨てる習性があった。彼女は床を真っ白にするのが好きなのだ。そして毎回拾い集めるときに面倒なことをした、と後悔する。しかし、その真っ白い床を見て燃やそうと思ったことは今までなかった。しかし、今日は一枚一枚集めて捨てるのではなくすべて燃やせばいいと思い立った。

なにを使って紙を燃やそうかと考えて、火がついたマッチを紙に放り込めばいいと気づいた。彼女はものが少ない部屋を進み台所になぜおいてあるのかわからないマッチ箱を手に自室に戻ってきた。
さて、火をつけて紙を燃やしてしまおうと、マッチ箱からマッチ棒を取り出し、箱の側面にあるざらざらした部分にマッチ棒の赤い部分をしゅるりとこすりつけた。先っぽの赤い部分がそのまま火となってゆらりと火薬のかおりが部屋に漂い彼女の手に火があらわれた。彼女はそのまま手にある火を紙に放り込もうとした。
その時、馬鹿に陽気な玄関のチャイムが鳴った。彼女は手にある火をふっと吹き消し、玄関のほうを優先した。なぜなら、彼女は普通の人なので、ごみを片付けることよりも人の訪問のほうが重要だからだ。

玄関のドアを開くと一人の女が立っていた。その女はにっこりと微笑みながら彼女に向かって穏やかな調子で、あなたは神を信じますか?と問いかけた。彼女は少し眉を寄せながら女を見つめた。女は再度、神について語りだした。彼女は女が息継ぎをしようと一度言葉を切ったときに捻じ込むように、あなたの言う神と私の言う神は少し齟齬があるようなのでが、あなたはどうのような意味で神という言葉を使っているのですが?と問いかけた。女はにっこりと微笑んだ顔をゆるりと苦笑に変えながら少し首を傾げ質問に答えようとしたが、彼女は女には答えさせずに、私は神を、私と他人を結ぶ絶対的なものであり、仲介者としての一種の要素であると考え、存在ではなく意味としての神として神という言葉を使い神を考えているので、あなたの言うような人間的な一人の存在としての神とは違うと思うのです、とひと息で言い切った。女は困り切った顔をして、しばらく何度か口を開けたり閉じたりしていたのだが、急にまた今度きますと囁き彼女の玄関から去って行った。

彼女は去っていた女を見送り自室に戻った。あの真っ白い自室に。そして床に散らばっている紙を一枚一枚拾い始めた。なんだか燃やす気持ちがなくなってしまったのだ。

そんな彼女のことを静かに見つめている存在があった。「それ」は彼女が家の中で紙を燃やすことをやめ、拾い始めたのを見て安心したように笑った。

「それ」は俗にいう神であった。紙の。

おわり

 

(2年生の冬、教授に提出したらSをもらった話)